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【後味の悪い話】後味の悪い話は聖書にもいっぱいある

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本当にあった怖い名無し:2007/08/18(土) 00:59:25 ID:u1OcgAQf0
後味の悪い話は聖書にもいっぱいある
(キリスト教の人いたらごめんね)

イエスキリストが説法をするために場所を借りた家には来客がいっぱい。
その家の姉妹のうちの姉は、来客の食事の世話などの応対に負われてんてこ舞いだったが、
妹は手伝いもせず、一人のんきにイエスキリストの説法に聞き入っていた。
姉が「あなたも手伝って」と妹に言ったところ、イエスは姉を叱る。
「妹は今価値ある私の説法をきいている。それをジャマしようとするおまえは何という
ひどい人間なのだ」というふうに。

はあ?と思った。
じゃあ姉は一人で忙しくてその説法を聞けなくていいのか?
妹は説法聞けば手伝いしない怠け者のままで許されるのか?
二人で来客応対ちゃっちゃと済ませれば残った時間でも
二人ともイエスの話きけるじゃないか
そんな思いやりも持たない妹が説法聞いて分別くさっても有難みも何もねえよ

なんかイエスの言い分は常識と違うことを偉そうに言いたい厨二病だと思った

844: 本当にあった怖い名無し:2007/08/18(土) 03:06:34 ID:iknPsp2u0
私が一番嫌いな聖書の中の話。
有名な放蕩息子なんだけど・・・。

ある金持ちには息子が二人いた。
ある日弟は、父親に向かって将来もらうはずの遺産を今ほしい、と申し出、
その金持ちの半分の財産を分け与えられた。
弟は放蕩の旅にでて散財し、すっからかんになった状態で家に帰ってくる。
父は息子の帰還を喜び、一番大切にしていた指輪を与え、大祝賀会を開く。

それを面白く思わないのは兄。
兄は財産を分け与えられることもなく、ただひたすら質素な生活を余儀なくされ、
父親と家のために尽くしてきた。
「家の財産を食いつぶした弟に、なぜ祝賀会を開いてやるのですか?
私は今まで家のために尽力して来ましたが、小さな宴会ひとつ
開いてもらった事がありません。」

父親はそれを聞いて激昂。
「おまえはずっと私の傍にいることができたんだぞ!」

この話しが不条理なもの以外に感じられないんだけど。


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『【後味の悪い話】後味の悪い話は聖書にもいっぱいある』へのコメント

  1. 名前:ハインフェッツ 投稿日:2017/06/22(木) 11:30:35 ID:ff3244ad0 返信

    前者は皆が(精神的な意味で)非常に価値のある話を聞いているのに、自分だけ来客の世話という物理的で目先の事にしか目が行かない狭量さを戒める話。
    後者は遊び惚けて散財した事が偉いのではなくて、身代潰した結果親の有難みに気付いたことが偉いというのが公式な解釈ですね。

    …無論、そこでまた放蕩息子に戻っちゃうようだと、
    「豚は洗われても泥の中で転げまわる」
    と、言われちゃうのだけど。