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【洒落怖】うちの実家は農家なので、本家の神棚(?)にはオシラサマがいる

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607: 本当にあった怖い名無し 2009/12/05(土) 20:17:47 ID:1L5UoUl20
スレが三つくらいあったけどこっちに書けばいいのかな?間違ってたらゴメソ。
遠野物語つながりで、つい先日のこと。

うちの実家は農家なので、本家の神棚(?)にはオシラサマがいる。
本家(俺の実家)の長男は代々そのオシラサマのお世話をしなきゃならないんだけど、
うちは長男である兄貴が小さいころに亡くなってしまったので、繰上げで世話は俺の役目になった。
んで、その世話っつうのをこないだして来た訳なんだけど、
小さい観音開きの黒い小箱から出てきたうちの『オシラサマ』は俺の見てきたよそのオシラサマとだいぶ違った姿をしていた。
オシラサマって言うと農耕とか馬の神様だから大体はちいちゃいじいちゃんとばあちゃんの姿をしてたり、着物着た馬だったりするんだけど、
うちのオシラサマは、ニカワタケみたいな半透明の皮に包まれた赤黒っぽい子供の像だった。
で、俺の役目である『世話』って言うのがまずそのオシラサマを濡らした半透明の皮で拭いてあげる作業らしいんだけど、
これがまた面倒くさい。塗料のようなものが塗ってあるらしいオシラサマは皮で拭くたびポロポロ垢みたいなのが落ちるし、頭に貼ってある髪の毛も剥がれてしまう。
この髪の毛がまた厄介もので、剥がれた分の髪の毛は俺自身の頭髪で補わなければいけないらしく
俺は態々一本単位で落ちた髪を数えては自分の髪を引っこ抜き飯粒で貼り付け引っこ抜いては貼り付け。

608: 本当にあった怖い名無し 2009/12/05(土) 20:20:02 ID:1L5UoUl20
全部貼り終えたら今度は細い筆でオシラサマの目と鼻を上からなぞり描く(って言っても大して消えてもいないから描くマネだけ)
ほいで最後はオシラサマと俺の口に馬油を塗って終了。なんだけど、手先が不器用な俺にとって、オシラサマの世話は中々の重労働だった。
しかしここでふと違和感が。馬油ってウマのあぶらだよな?いくらオシラサマが馬の神様だからって馬自体は食わなくね?
それによそのオシラサマと世話する時期も見た目も全然違うし、よそのババアはうちのオシラサマを変な名前で呼びやがる。
じいちゃんとばあちゃんも世話してる間は家から出なきゃならないみたいだし、世話の方法とかも誰かに話しちゃいけないと口をすっぱくして言っていた。
なんだかだいぶ、世間のオシラサマとうちのオシラサマは違うらしい。つーか俺の世話した神様、オシラサマじゃなくね?
とあれからなんだか不安に駆られて仕方ない日々をすごしている訳です。

どんとはれ

614: ろめお 2009/12/05(土) 21:09:42 ID:IFQy2G4N0
その神様の正体が気になる…。
僕としてもちょっと調べて書き込んで欲しいです。

624: 本当にあった怖い名無し 2009/12/05(土) 23:10:48 ID:DM5JYMMj0
>>614
オシラサマとは、岩手県の北上山地以東に伝わる木彫りの像の神様で、養蚕の神だという

歯ブラシみたいな形(棒と顔の部分)をしてて、頭からすっぽりと赤い布を着せられている
実際に見たことあるが、馬の顔した奴とコケシみたいな顔した人間した奴の二体一対だったな
この神様は年に一度、ひな祭りの要領で女たちの手によっておしろいを塗られ、新しい服を着せられる

なかなかに扱いが難しい神様で、このオシラアソビをやらないと祟られて一家全滅もあり得る
さらに獣のケガレを嫌うので、オシラサマを祭る家では鹿肉を食うと口が曲がるという
しかも、川に捨てようが囲炉裏で焼こうが必ず戻ってくるという執念深さも持っている

昔、遠野の長者様の一人娘が馬と恋に落ちてしまい、怒った長者様は馬を桑の木に逆さづりにして殺してしまった
娘がその馬の亡骸に取り縋って泣くと、馬は娘を連れて天へと登っていってしまった

後日、長者様の夢に娘が出て、馬を吊るした桑の木に白い虫がいるから、それを育てて末永く暮らしてくれと言った

長者様が桑の木に行ってみると、果たしてみたこともない虫が沢山桑の葉を食べていた
長者様はこの木からオシラサマを作って祭り、この白い虫を育て、これによって養蚕業が始まったという

625: 本当にあった怖い名無し 2009/12/05(土) 23:14:34 ID:sTkG4i3hO
陸軍では、内地にいる時あんまり態度が酷かった上官や古参兵は、戦闘時に
どさくさ紛れに撃ち殺されたりしたんだってよ。
シナ戦線帰りの兵隊の手記に書いてあった。
その人はシベリア抑留も経験してて、見張りがロシア人の時は、見張りったって
横着なもんで、朝まったり、作業も五月蝿くなくて、夜もさっさと終わったけど
モンゴル人やシナ人が見張り代行の時は、自分の点数稼ぎの為に、かなり無茶な
作業をさせられたそうな。
因みに地元の年取ったロシア人の中には、日露戦争で捕虜になった時に、日本で
厚遇して貰ったお礼だといって、こっそりジャガイモや黒パンを差し入れてくれた
人もいたと言うから、正に情けは人の為ならずと言うか、因果応報はあるんだね。

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