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【都市伝説】「中国のダルマ」系の話まとめ

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「両手両足を切断され、見世物にされてしまった日本人が中国にいる、もしくは目撃した」

超有名な都市伝説ですね。ダルマにされてしまった人の話は結構あるようです。

最も有名な例を最初に紹介してから、ダルマ人間の都市伝説を載せていきます。

1.

1 :名無しさん:2014/04/17(木)02:46:47 ID:rv7y30v9e(主) ×
達磨女

ある日本人の新婚夫婦が新婚旅行で中国にやってきた。
街中を観光しているとき、妻が「服を見たい」といって衣料品店に入っていった。
夫は服選びを見るのもつまらないということで、店の外でブラブラしながら待っていた。

しかし、いつまで経っても妻が店から出てこない。
不安に思った夫は店の中に入り探してみたが、そこにも妻の姿は見当たらなかった。
店員にも妻のことを聞いたが「そんな人間は見ていない」というばかり。
警察にも相談したが手がかりを見つけることはできなかった。
滞在先のホテルにも戻っておらず、妻は煙のように消えてしまった。

夫は泣く泣く日本へ帰り、しばらく間を置いて中国へ妻を捜すために戻ってきた。
だが夫の努力もむなしく妻は一向に見つからなかった。

妻の捜索に疲れた夫は、気分転換のために路地裏にある見世物小屋へと足を運んだ。
「日本ダルマ」と書かれた看板にも興味をそそられた。

小屋に入ると、看板にも書かれていた「日本ダルマ」が始まるところだった。
そして夫はとんでもないものを見ることになる。

舞台の上では両手両足を切断され、樽のようなものに入れられた女が見世物にされていた。
舌も抜かれているのだろうか?女は声にならない悲鳴を上げている。
見世物小屋の関係者らしき人間が傍でニヤニヤしながらその様子を見ていた。

『こんな悪趣味なものが見世物になるなんて……』
夫は吐き気を抑えつつ舞台を見ていたがあることに気付き、気持ち悪さも忘れて呆然と立ちつくした。

たった今、舞台の上で見世物になっている両手両足のない女、
それはまぎれもなく衣料品店から失踪した妻の変わり果てた姿だった。

2.

雲南省大理で見かけた男性は、ダルマの態勢で地面を転がりながら進んでいました。

地面を転がって進むだけでもすごいのですが、この男性のさらにすごいところは、「その態勢で荷台を引っ張っていた」ということです。

荷台にはラジカセと募金箱が乗っていました。募金箱はともかく、ラジカセは何のため?と思われるでしょう。

これがまた強烈で、お経のような怨霊の歌のような、とにかく無視したら呪われそうな音を流しているのです。これには本当にビックリしました。そこまで本格的にするのか、と…。

もしかしたらあれは昔の中国のバラードのようなもので、ラジカセの音質が悪すぎただけかも知れません。しかし、理由は何にせよ本当に呪われそうな音楽だったので、ものすごく印象に残っています。

ちなみに、お金もものすごい金額入っていました。

雲南省の大理では月に2万円もあれば生活できてしまうのですが、多分、あの人はその倍くらい稼いでいると思います。完全な推定ですが、そのくらい大量のお札が入っていました。

引用:http://www.siruzou.jp/ryokou/6427/

3.

同じダルマ男性でも、天津で見かけた人はもっと「合理的」でした。自分が台車を引っ張るのではなく「台車に乗って」移動していました。

乗るといっても立つことはできないので、亀のように台車の上に伏せている感じです。腕が一本だけあったので、その一本の腕で地面を押しながら台車を走らせていました。

大理のダルマ男性を見た後だったらそんなに驚かなかったでしょうが、この時は大理に行く4年前でした。なので、ダルマ男性を生まれて初めて見たのでかなりの衝撃を受け、結構大きなお金をわたしました。

男性は驚いた顔で、とても嬉しそうに「謝謝」と言ってくれました。その顔が普通に明るかったのでビックリしたことを覚えています。

普通のおじさんの用事を何か手伝って「ありがとな」と言われたような感じでした。

いわゆる「プロの物乞い」の方たちは、これを普通の「仕事」と捉えているので、お金をもらえると単純にうれしいようです。
(もちろん、本当の心情は人それぞれでしょうが)

少なくともそのおじさんは「やった!今日は儲かったぜ」というような雰囲気だったので、「そういう人生もあるんだな」と、カルチャーショックを受けたのを覚えています。

当時大学生だったので、人生観にかなり影響を受けました。

引用:http://www.siruzou.jp/ryokou/6427/

4.

日本各地には不思議な集落が存在しています。

●なんらかの理由で廃村となり地図から消えた村(杉沢村以外にもたくさんあるようです)

●血族結婚が繰り返し行われてきた山村(村民はみな同性で似たような顔立ち)

●警察官の家族ばかりが住む警察村

●借金などで本土へ戻れない女性が全裸同然で住むアマゾネス村

●死者蘇生の儀式が伝わる村

●ごく狭い範囲で1年間に7人もの住民が死亡するという怪現象が発生した町

●平家の落武者の呪いが残る平家村(毎年、何かしらのトラブルが発生)

●組織を破門になった訳ありヤクザが流れ着く流刑村

●人間の肉を食す事件が多発している…人肉鍋の村と呼ばれる村

●とある霊峰の山頂付近に“神世界への案内人”として生きる一族が暮らす村

など

そして村全体がダルマ女を「 神様 」として崇める村。
通称「 ダルマ女村 」と呼ばれる集落もあるのです。

「 ダルマ女 」とは四肢がない女性です。
都市伝説でも有名な話なので、ご存知の方もいると思います。
ダルマ女は最も有名で残酷な都市伝説として語り継がれています。

海外では新婚旅行に行った夫婦が買い物をしていて奥さんが服の試着をしに行きました。
ですが、奥さんはいつまで待っても試着室から出てきません。
店員に聞いても「 知らない 」の一点張り。
次の日、警察へ行き事情を説明すると、奥さんはすでに海外へダルマ女として身売りされていた。

日本では多重債務の女性がマグロ漁船に乗せられて、生きるダッチワイフとして船乗りの相手をしたとか…

「 売春島 」と呼ばれた中部地方のとある島には、両手足がないダルマ女と呼ばれる売春婦がいたといわれています…

ダルマ女は性の玩具として売り飛ばされるケースが一般的なのですが、日本にはもうひとつのケースが存在するということです。

ここから先は残酷な内容になります。
人によっては読むと後味が悪くなるかもしれないので…
この先を読むかどうかは自分自身でよく判断してから読むようにしてください。

私は、この話を初めて読んだ時、かなり嫌な気分になりましたので…

このダルマ女村では、変わった風習があり、毎年1体のダルマ女が神社に納められています。
毎年8月8日(ダルマの日)にダルマ女を神社に納め、村の有力者たちが交代でダルマ女と性交するというのです。

後は、ミイラになるまで食事を与えず、ミイラになったら神として祀るということ。

ダルマ女村とは言っても、ほとんどの村人はその事実を知りません。
これは、一部の人間が楽しむためのお祭りなんです。

ちなみに神社の一室には、今まで納められてきた何十体ものダルマ女のミイラがあるということです。

四肢を切断しても生きる女性の生命力をもらうことで長寿を祈願するというものです…
これは、村の有力者にだけ与えられた特権らしいのです。
この村の有力者が人身売買を商売とする人間にダルマ女を依頼します。
ちなみにダルマ女は1体1000万以上するということです。

ダルマ女は次のような女性がターゲットになりやすいそうです。

●若くて綺麗でスタイルのいい子
●風俗・水商売で働いている
●借金がある
●上京して家族・友達とも連絡を取っていない

今風のイケメンの男性が、まずターゲットを見つけます。
そして女性を情報屋へと紹介し、情報屋から人身売買する人へと情報が流れます。

ターゲットが決まると女性は旅行という名目で時給のよい仕事に誘われます。
旅行に出かけた女性はそのダルマ女島へ行き、地図に記してあるマンションに向かいます。

マンションに到着すると、そこで拉致されます。
それから、村に納めるまでの一週間、シャブと性交を繰り返して神経を崩壊させていきます。
女性はシャブほしさに性交を強要されます。
徐々にモノになっていくということです。

そして、村に納める前日に四肢を切断されます。
四肢を切断する手術となれば、かなり大掛かりなんですが、近年の医療技術の発達で闇医者を雇えば何とかなるとか。
この医者も女性のことは考えず、お金のために何のためらいもなく四肢を切断します。

村へ到着すると、さっそく神社に納めに行きます。
神社では村の有力者たちが待ち望んでいます。

「 神だっ 神様だ 」

村人たちは、ダルマ女を神様と崇めているのです。
ダルマ女の依頼主はごく少数で、多くは中東などにいる日本人を好む鬼畜な海外セレブだということです。

そして、その失敗作がたまに日本の売春宿に流れ着くみたいです。
極稀に今回紹介した「 村 」のような依頼もあるとか。

5.


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『【都市伝説】「中国のダルマ」系の話まとめ』へのコメント

  1. 名前:ななしさん 投稿日:2015/09/18(金) 02:14:10 ID:0e2cffe2f 返信

    今は違うけど、私の父方の地元は地図に乗らない場所でした。
    第二次世界大戦の時に子供たちの疎開場となりました。
    村人の殆どは同じ苗字です。
    この村に入る前にはうっそうとした森林があり、もうこの先には何もない。と思わせるような感じでした。
    今はその森林はなくなってしまいましたが。
    完全土葬でそれもちょっと風変わり。
    墓場で転んだり、地に手をついたり、後ろを振り返ると必ず連れて行かれると言われていました。
    それなのに何の舗装もされていないしかも滑りやすい砂利道。